熊倉 大騎さんへのインタビュー映像ダイジェスト(編集:高分子 学生広報チーム)
「菌の研究」と聞いて思い浮かぶのは?「実験室での培養」「顕微鏡での観察」…でも菌の研究方法は、それだけではないようです。
数理生物学研究室に所属する熊倉 大騎(くまくら だいき)さん(生命科学院 生命融合科学コース 博士2年)は、数学を使って細菌を研究しています。熊倉さんが2023年8月に発表した論文「微生物培養の成長曲線を解きほぐす(Disentangling the growth curve of microbial culture)」について詳しく話を聞きました。
―どのような研究ですか?
微生物の一種である細菌がどのように増殖するか、数学を使ってモデルを作りました。
―なぜ、モデルを作る必要があったのですか?
微生物の増殖について研究は、細菌数を数えるところから始まりました。その後、増殖には一定のルールがあることが分かります。ルールを数式に落とし込むことで、さまざまな細菌の増殖を比較できるようになりました。
現在使われている数理モデルは、1940年代に作られたものです。このモデルが注目しているのは「菌がエサを食べると増えていく」という点だけです。しかし2000年代に入りゲノム解析などの技術が発展すると、菌はただ増えるだけでなく「代謝」もしていることが分かってきました。そこで、菌の代謝も考慮したモデルを新しく作ったのです。
―代謝とは?
菌がエサを食べて行う仕事のようなものです。ビタミンやアルコールを作ったり、光ったりすることも代謝です。お酒を作ったりする発酵は彼ら微生物の代謝の力を借りて作っています。中には、自ら作った物質を分解する菌もいるんですよ。
―せっかく作ったものを分解してしまうのですか?
菌もエサを食べると排泄物のようなものを出します。菌にとっては有害な物質です。分解することで、汚くなった空間がきれいになり菌が増えやすくなります。
今回作ったモデルでは、周囲を掃除しながら増えていく菌を考えました。
―モデルを作ることには、どのような意味がありますか?
実験で菌のデータを取るとします。菌は生きていて常に変化するので、測定間隔はできるだけ短いことが理想です。しかし測定機器には限界があり、データとデータの間はどうしても空いてしまいます。
また、例えば24時間までしかデータを取ることができなかったとします。ですが、研究者は48時間目の結果を知りたい場合、観察データから考察することには限界があります。
そこで、データ間を埋められるのがモデルです。私たちがモデルを作って提案することで、実験のデータ解釈に役立てばと思っています。
―どのような方法で研究するのですか?
数理生物学の研究は、課題を見つけることから始めます。課題に合う方程式を作り、値を入れて、シミュレーションを行います。
―方程式ですか。中学や高校で習ったような…。
中高の数学で出てくる連立方程式は、X=〇、Y=△のように解くことができます。ところが自分で作った方程式は解けるとは限りません。今回も解ける方程式を作るのに苦労しました。共同研究者である中岡 慎治先生や山口 諒先生、そして富山大学薬学部の原 朱音先生にも一緒に考えてもらいました。
―解けない方程式もあるのですね。
例えば連立方程式も、XとYの2つについて解く場合は、2本の方程式が必要です。もし、1本だけだと、数値を代入しながら考える必要があります。解ける式を提案して解析することが理想ですが、解けない式でも研究する方法はあります。ですが、やはり解ける式を立てることで、菌の運命を予測することができます。
―菌の運命?
数日分のデータさえあれば、最終的な菌の数やエサの残量などが推定できるのです。これによって、工場で生産するような食品や医薬品に対し、いつどのようにどれくらい菌を入れれば、エサをどの程度消費するかなどを予測することにつながります。そのため、応用の側面からこの菌の運命を数学的に提起することは重要なのです。
―この研究のきっかけは?
もともと北大の水産学部で深海に生息する微生物の生き方(増え方や代謝機能)を研究していました。菌の増え方について、実験してデータを取る側だったんです。深海に限らず広く微生物のデータを扱いたくて、大学院でこちらの研究室に移りました。
学部時代の卒業研究では、深海から新たに研究室で分離した Nitrosophilus labii という細菌を研究していました。この細菌は人間にとっては麻酔になるような亜酸化窒素(N2O)を好んで食べます。しかも出てきた毒物のようなものを自分たちで分解します。なぜなのか?ずっと不思議に思いながら研究していました。なので、今回の研究はこの実験の中で芽生えた「なぜ?」を解決するための研究です。
そして、数理研究をしていく中で、世界にはさまざまな環境を浄化してくれる菌がいることを知りました。そのため、このような環境浄化(バイオレメディエーション)をする細菌に興味があります。彼らの生き方を現象として数学で表すことができれば、今回使用した細菌以外にもさまざまな微生物にも適用できるのではと考えています。
―これからの研究計画を聞かせてください。
「細菌の増殖」の視点の中で、今回の研究は増え方についてでした。次は、彼らが増えにくい環境の研究をしています。具体的には抗菌薬投与です。細菌感染症になると抗菌薬で治療するのですが、この抗菌薬は病原菌の増殖を阻害する物質なのです。病原菌は同じ種類でもタイプによって効く薬が変わるので、異なるタイプがどのように生まれるか、数学で予測する研究に取り組んでいます。また薬がすばやく効くのかゆっくり徐々に効いていくのかなど、薬の効き方を定量化しようとしています。
研究をまとめることで、細菌感染症パンデミックなどへの対策を提案できればと思っています。
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熊倉さんは理化学研究所の数理創造プログラム(iTHEMS、アイテムズ)の大学院生リサーチ・アソシエイトでもあり、普段は埼玉県で研究しています。趣味は温泉めぐりで、温泉から新種の微生物を探す研究も行っているそうです。