注目の研究を解説!「腸内細菌に聞く、桑の葉の健康効果」(相沢 智康 教授)

相沢 智康 教授

桑の葉は「カイコのえさ」というイメージが強いですが、健康効果があることも知られています。一方で近年、腸内細菌と健康の関係が話題になっていますよね。では、桑の葉は腸内細菌にどのような影響を与えるのでしょうか?

研究を行ったのは、相沢 智康(あいざわ ともやす)教授(先端生命科学研究院)のグループです。2023年9月に発表された論文「健康なC57BL/6マウスへの桑の葉投与が腸内細菌叢と代謝物に及ぼす影響に関する基礎的研究」について、相沢教授にインタビューしました。

 

―桑の葉についての研究だそうですね。

絹を作るためにカイコを育てる養蚕業は、かつて日本の重要な産業でした。ところが、化学繊維などが出てきて養蚕業は衰退してしまいました。カイコのえさになる桑は全国に生えていて、新たな利用法が模索されています。

―どのような利用法がありますか?

桑は、お茶として飲まれてきましたし、漢方薬にも使われてきました。桑の健康効果が注目されています。

―どのような健康効果があるのですか?

私たちが摂取した炭水化物は、ブドウ糖などの単純な糖に分解されて小腸で吸収されます。血液中のブドウ糖の濃度が血糖値です。糖尿病などでは、血糖値が食事後に急増することが問題になります。血管にダメージを与えるなど、体に良くないからです。

桑の成分である1デオキシノジリマイシン(1-DNJ)は、血糖値の上昇を抑えることが知られています。

―なぜ血糖値を抑えられるのでしょう?

1-DNJはブドウ糖に似た構造をしています。そのため炭水化物を分解する酵素が1-DNJに間違えてくっついてしまいます。すると炭水化物の分解が妨げられるので、血液中のブドウ糖があまり増えません。

桑の葉茶。ドラッグストアなどで販売されている。

―桑の葉と腸内細菌の関係を調べたのは、なぜですか?

私たちの大腸には多くの腸内細菌が住んでいます。分解されない炭水化物はそのまま大腸に届くので、それをえさとする腸内細菌にも影響があるのではと考えました。

―どのような実験をしましたか?

粉末にした桑の葉茶を健康なマウスに与えました。期間は9週間、量は、人間なら一日当たりお茶2杯を飲む程度の少量です。まず便を回収して腸内細菌の種類を調べましたが、変化はありませんでした。

次に腸内細菌が作り出す物質(代謝物)も調べました。使ったのは核磁気共鳴(NMR)装置です。

―どのような装置ですか?

普段は意識しませんが、原子や分子は磁石に反応することがあります。例えば、酸素を入れた風船に磁石を近づけるとスーッと引き寄せられます。原子核が磁石の性質を持っているからです。

NMR装置では調べたい試料に強力な磁場をかけます。強い磁石を近づける感じです。磁場をかけた状態で試料に電波を当てると、共鳴という現象が起こり、電波が吸収されます。どの電波が吸収されたかによって、試料に含まれる物質の種類が分かります。

溶液状の試料を細長い試験菅に入れる。
試験管をNMR装置にセットする。

―測定結果は?

炭水化物やアミノ酸など39種類の代謝物を検出しました。桑の葉を与えたマウスの便からは、麦芽糖が検出されました。麦芽糖はブドウ糖が2個結合した糖です。炭水化物の単純な糖への分解を桑の葉が妨げている証拠です。

また5週目以降に見られた代謝物量の変化は、血糖値を抑える方向に働くと推定されるものでした。腸内細菌の作る代謝物の変化も、間接的に血糖値を抑える効果があるようです。

―今回の研究のポイントは?

健康なマウスに少量の桑の葉を与えたことです。健康な人が桑の葉茶を日常的に飲むことでも、腸内細菌の代謝物が変化して、健康効果が期待できるかも知れません。

―今後の研究は?

実際の人間への効果は、臨床実験などで確かめる必要があります。また桑に限らず、いろいろな食品や医薬品が腸内細菌に与える影響を調べることも課題です。

腸内細菌は種類が非常に多く、腸内ではとても複雑なことが起きています。一つ一つの物質の影響を個別に調べるだけでなく、つながりで調べることも大切です。その際にNMR技術で物質を網羅的に解析することが重要だと考えています。

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共同研究先の沖縄高専(沖縄工業高等専門学校)で桑の葉茶を研究していたことが、今回の解析を行うきっかけになったとのこと。桑の実から作るワインの開発にも協力したことがあり、NMR装置は味の分析にも活躍したそうです。

桑の実から作ったワイン
元の論文

A Basic Study of the Effects of Mulberry Leaf Administration to Healthy C57BL/6 Mice on Gut Microbiota and Metabolites
https://doi.org/10.3390/metabo13091003