海外の研究所で学んだこと

矢口 完
生命科学専攻・博士後期課程・1年生(当時)
2018年9月15日~2018年12月10日
インド・ムンバイ

 渡航前、私は、なぜ脊椎動物はDNAコピーを2つもつ2倍体でないといけないのかという疑問に培養細胞を用いてアプローチしていたところ、2倍体でない細胞では細胞増殖の司令塔的役割をもつオルガネラである中心体の制御が乱されることを見出しました。そこで、この発見が実際の脊椎動物の体の中でどのような生理学的意義を持っているかを調べるため、非2倍体脊椎動物の作製プロトコルを世界に先駆けて確立したSreelaja Nair博士がいるインドTata Institute of Fundamental Research(以下TIFR)に2018年9月から12月までの3カ月間、留学しました。TIFRは、首都ムンバイに位置しており、インド中から選抜された優秀な学生が集められ、発生生物学分野において世界を常にリードしている研究所です。この留学で洗練された実験手技や発生学における最先端の知識や概念を知るとともに、世界水準を上回る研究者や既に世界で注目され始めている同世代学生とコミュニケーションをとることで、世界に通用する研究とはどのようなものかを学ぶことができると思いました。

 留学1カ月目は実験を行うだけで手一杯でした。数十種類の試薬の中から使用可能なものを探すところから実験が始まり、連日サンプリングを行い続け、しかもゼブラフィッシュから卵を回収できるのは朝早い時間帯のみで、どんなに疲れていても寝坊もできません。(笑) そのおかげで昼夜問わず研究室にいたため同世代学生と一緒にいる時間が増え、実験の相談に乗ってもらい、彼らの実体験に基づくアドバイスや参考になりそうな文献を教えてもらうことができ、発生生物学の根源的な概念に対する理解を深めることにつながり、コミュニケーションが取れるようになりました。

 時間が進むにつれ、余った時間で積極的にセミナーに参加しプレゼンを聞いたり聞いてもらったりしていました。コース全体でのセミナーは週二回のペースで開かれており、今世界中で興味を持たれている仮説や現象、また、そこから派生する課題に対して取り組むためにはどういったアプローチ方法が適切であるのかが活発に議論されています。さらに、学生のみで開かれるセミナーもあり、彼らは問題提起能力が非常に高く、個々の研究における将来的な課題を学生のみで考え、専門外の研究者が聞いても面白いと感じる新テーマを独自に立ち上げています。これらのハイレベルなセミナーに参加できたことで、他の研究者と密に議論することの重要性を痛感しました。

 研究活動以外にもインドの文化や自然をTIFRのメンバーと楽しみましたが、彼らのバイタリティは非常に強く、プライベートでも研究同様にハードに活動していることを思い知りました。日本の学生と比較して彼らは非常に多くの実験量をこなしますが、催事には必ずメンバー全員で参加します。TIFRの創立記念日には一緒に伝統的なダンスを踊りましたが、このダンス披露のために当日1カ月前から1日1時間以上全員でダンス練をしていました(どんなに実験がきつくても)。また、彼らの多くは何かしらの趣味や特技を持っており、遊びにも全力です。同研究室のPhD学生のTriveni Menonさんは、インドの伝統芸術である砂絵を作製しており、中でも分裂細胞を描いた砂絵は美しく、周囲の人々からも高評価でした。ほかにも、モータータンパク質研究の第一人者であるRoop Malik博士は登山が趣味で、彼と二人きりで登山したこともありましたが、麓の村人からチーターが住んでいることを聞いても彼は気に留めずに視界の悪い藪の中でルートを模索していました。気温35 ℃を超える中で藪を漕ぎ続け、山中で一泊するハードな行程でしたが、彼は疲れた様子を見せず終始笑顔でした。研究だけでなくプライベートでもストイックなTIFRメンバーを肌で感じ、自分も見習おうと思います。

 今回の留学では、世界トップクラスの研究者や学生たちと交流することで、研究のノウハウのみでなく、それに必要とされるのであろう研究者としての姿勢や私生活も学ぶことができました。

作成した砂絵を解説するTriveni Menonさん
麓の村人と登山ルートを議論するRoop Malik教授(右)