注目の研究を解説!「ウイルス弱点を狙え!」(西村 紳一郎 教授)

西村 紳一郎 教授

病気を予防してくれるワクチン。でも、新型コロナウイルスも毎年のインフルエンザも、ウイルスが変異すると効かなくなると言います。何とかならないものでしょうか?

新たなワクチンの開発を目指しているのが、西村 紳一郎(にしむら しんいちろう)教授(先端生命科学研究院)です。このたび西村教授の研究プロジェクトが、日本医療研究開発機構(AMED)の「ワクチン・新規モダリティ研究開発事業」に採択されました。元になったのは、クラウドファンディングでスタートした研究だそうです。西村教授に詳しい話を聞きました。

 

―プロジェクトが採択されたのは、どのような事業ですか?

新型コロナウイルスに対して日本で使われたワクチンや治療薬は、全て海外メーカー製でした。国内では感染症研究やワクチン開発が十分に行われて来なかったことが背景にあります。感染症の流行に備えて、平時からワクチンの研究開発を強化することになりました。

―研究計画を教えてください。

ウイルスの膜についている「スパイクタンパク質」は、細胞への結合や感染時に働きます。スパイクタンパク質は、アミノ酸が約1,200個つながってできています。いくつかのアミノ酸の種類が入れかわることで、ウイルスの変異が起こります。

新型コロナウイルスは、ものすごい頻度で変異していますよね。いくらワクチンを開発しても、ウイルスが変異すれば効かなくなります。そこで、ウイルスの中の変異しない箇所を狙ってワクチンを作ろうとしています。

―変異しない箇所とは?

スパイクタンパク質には、糖が鎖状につながった「糖鎖」のついた部分が約30箇所あります。糖鎖はウイルスを守ったり、感染・増殖しやすい環境に移動させたり、重要な役割を果たします。糖鎖のついた「糖鎖修飾部位」はウイルスにとって大事な箇所なので、変異しにくい特徴があるのです。

―変異しない箇所がどこか、分かっているのですか?

新型コロナウイルスの治療に使われた、ゼビュディという薬があります。ゼビュディは、2003年にSARS(重症急性呼吸器症候群)ウイルスに感染した人の体内で作られた「抗体」が元になっています。抗体とは、病原菌などにある特定の目印と結びつく分子のことです。抗体がくっつくことで病原菌は働けなくなります。

―20年も前に流行したSARSウイルスの抗体が、新型コロナウイルスにも効くのですか?

どちらも同じサルベコウイルスの仲間なので。新型コロナウイルスはだいぶ変異していますが、糖鎖修飾部位だけは全く変わっていません。ゼビュディの抗体は、ある一つの糖鎖修飾部位を認識していました。それで新型コロナウイルスにも効果があったのです。

治療薬ゼビュディに使われた抗体(ソトロビマブ)(下部、薄い灰色)は、スパイクタンパク質(上部、濃い灰色)の糖鎖修飾部位(黄色)を認識していた。

ところが、2021年末に現れたオミクロン株は、糖鎖修飾部位のすぐ近くで変異が起こっていたために、抗体がくっつけなくなり、ゼビュディは効かなくなってしまいました。

―せっかく見つかった抗体なのに残念です。何か他の作戦は?

私たちの研究グループは、抗体が認識する物質である「抗原」の構造をデザインして、実際に化学合成できます。抗原が変異しても、変異後の抗原部位に合わせて新しく抗体を作ることも可能です。これからの研究では、ゼビュディの抗体が認識していた箇所を含めて合計4箇所の糖鎖修飾部位を狙った抗体を作る計画です。

新型コロナウイルス(オミクロン株の一種EG.5.1)のスパイクタンパク質。赤文字の4箇所(165番、234番、331番、343番目のアミノ酸の箇所)に対して抗体産生を促すワクチンを作る計画。

―2021年に行われたクラウドファンディングが元になったそうですね。

200人を超える方から約600万円の支援をいただき、研究をスタートさせました。

変異後の抗原部位に合う抗体がマウスの体内で作れることを証明し、それらの抗体がオミクロン株にくっつくこともデータを取りました。仮説を実証できたことが、今回のAMED事業への採択につながったのです。

―なぜクラウドファンディングを?

その時も同じコンセプトで研究費を申請したのですが、残念ながら採択されなくて。当時は、現在使われているmRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンが実用化寸前だったので、他の方法は注目されなかったのでしょう。でもウイルスを攻撃するためには、複数の手段を準備しておく必要があると思っていました。

―クラウドファンディングの計画は治療薬の開発でしたが、ワクチンの開発に変わりましたね。

ウイルスの変異しない箇所を狙う方法は、治療薬にもワクチンにも使えます。当時は感染も大変な状況だったので、治療薬を作ろうとしていました。今はワクチンの方がニーズは高いです。

クラウドファンディング当時の研究計画

―今後の予定は?

2025年3月までに動物への感染防御効果を調べます。うまくいけばプロジェクトは2年延長し、人間での安全性などを確かめることになります。

―クラウドファンディングから3年になりますが、思うことは?

支援して下さったみなさんへ報告書を送るなどのお礼ができておらず、申し訳なく思っています。特許を出願したこともあって、すぐには結果を公表できなかったのです。

2024年1月に開催される「近未来ワクチンフォーラム」で研究内容を紹介します。支援者の方にも聞いていただけたらうれしいです。

第2回近未来ワクチンフォーラム(2024年1月23日、オンライン、無料、要申込)

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ウイルスが変異しても効くワクチンや薬が作れるかもしれないと聞いて、明るい未来が見えたように感じました。同じ方法で、インフルエンザ、マラリア、エイズなどの感染症ワクチンも考えられるそうです。西村教授の挑戦をこれからもぜひ応援してください!

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