私たちの体は多くの細胞からできています。細胞は一つが二つ、二つが四つと分裂して増えていきます。分裂に失敗すると、異常な細胞が生まれることもあります。このような細胞が悪さをすると病気につながります。
異常細胞だけを選んで攻撃したい。その方法を発見したのが、吉澤 晃弥(よしざわ こうや)さん(生命科学院 生命融合科学コース 博士1年)です。2023年1月27日に発表されたプレスリリース「ゲノムDNA量に応じた選択的な細胞増殖抑制を実現」について、吉澤さんにインタビューしました。
―「ゲノムDNA」とは、どのようなものでしょうか?
細胞の中にあって、その細胞の遺伝情報一式を担っている物質のことです。
―ゲノムDNAの「量」というのは?
ヒトの体を作る細胞は、通常ゲノムDNAを2セット持っています。母親から1セット、父親から1セットずつ引き継いでいるためです。このような細胞は「二倍体」細胞といいます。
―二倍体ではない細胞もありますか?
例えば、「四倍体」の細胞が私たちの体内で見られることがあります。
―四倍体になるのは、どのような場合ですか?
細胞は分裂する前に、ゲノムDNAを2セットから4セットに倍増させます。これが二つの細胞に分裂するので、新しくできる2つの細胞も、それぞれゲノムDNAを2セットずつ持ちます。
ところが分裂に失敗すると、4セットのゲノムDNAを持った細胞がそのまま生き残ることもあります。これが「四倍体」の細胞です。
―四倍体だと、何か困ることがありますか?
四倍体は、がん細胞で発生していることが分かってきました。また、がんの悪性化にも影響しているようなのです。
―四倍体細胞は、増やさない方がよさそうですね。
実際に、がん治療の戦略として四倍体のがん細胞を狙い撃つことが有効だと考えられています。そこで四倍体の増殖を抑える新たな方法を探しました。いろいろな試薬を試した中で、効果的だったのが「CENP-E(センプ・イー)阻害剤」です。
―CENP-Eとは?
細胞が分裂するときに働くタンパク質です。細胞分裂のとき、細胞の中には「染色体」が何本も現れます。染色体は、ゲノムDNAの情報を含んだ、ひも状の物質です。染色体を正しい位置に運ぶのがCENP-Eです。
―CENP-E阻害剤があると、何が起きますか?
二倍体と四倍体の細胞を混ぜておき、CENP-E阻害剤をかけて培養しました。すると、二倍体は生き続けたのですが、四倍体は死滅したのです。
―四倍体だけが死んでしまったのは、なぜでしょうか?
顕微鏡の画像を見てください。二倍体細胞(画像左上)では、ほぼ全ての染色体(緑)が細胞の中央に並んでいます。しかし、四倍体細胞(画像下、右上)では、染色体(青)が中央だけでなく、両端に多く残っているようすが観察されました。
四倍体細胞では、CENP-E阻害剤の影響で染色体が正しい位置に並べず、分裂を終えることができずに最終的に死んでしまったのです。
―CENP-E阻害剤があると、どんな四倍体細胞でも死んでしまうのでしょうか?
四倍体細胞を16種類作って実験しましたが、いずれの場合もCENP-E阻害剤が四倍体細胞の増殖を抑えました。この実験は作業量が多くて苦労しましたが、一般性を確実に示すことができたと考えています。
―実際に、生物の体内でも使えそうですか?
今回は培養プレートでの実験でしたが、魚の体内での実験も始めています。
―将来は、人間にも?
四倍体細胞を選択的に攻撃できるので、副作用の少ないがんの治療法につながると期待しています。
―細胞の研究で、面白いと感じるのは?
顕微鏡で細胞が生きている1,000分の1ミリメートル(1マイクロメートル)の世界を見られることです。
―何が見えますか?
生命が体内に精巧なシステムを作り、それを巧みに制御して生きていることが分かります。これらのシステムは、どのようにして作られたのだろう?なぜ破綻しないのだろう?不思議に思い、興味が尽きません。
―今後、どのような研究をしていきたいですか?
生命のしくみをもっと知りたいです。特に興味があるのは「何か問題が起きたとき、生命の持つシステムがどのように対応するのか」ということ。分からないことが多いですが、一つ一つ調べて、基礎生物学を追求していきたいです。
生命のしくみについて、まだまだ知りたいこと、調べたいことがたくさんあるようでした。吉澤さんの挑戦は、これからも続きます。
【北大プレスリリース】ゲノムDNA量に応じた選択的な細胞増殖抑制を実現~新たながん細胞抑制法の確立に向けた重要な一歩~
https://www.hokudai.ac.jp/news/2023/01/dna-8.html
*