私たちの体は37兆個もの細胞からできています。体の形を作るには、細胞が周りとつながることも大切です。つながる仕組みを研究したのが、比能 洋(ひのう ひろし)教授(先端生命科学研究院)です。2023年3月30日にプレスリリース「ガレクチン1が糖タンパク質間を繋ぐ仕組みを再現~筋ジストロフィーや癌治療の新たな糸口~」を出した比能教授にインタビューしました。
―筋ジストロフィーは、どのような病気ですか?
筋肉が壊れやすく再生しにくい病気です。特に、筋ジストロフィーの一種「ジストログリカノパシー」は、細胞と、その周囲の成分である「細胞外マトリックス」の相互作用が弱まることで起こります。
―細胞と細胞外マトリックスの相互作用とは?
細胞同士は結合して組織を作ります。例えば皮膚は組織です。皮膚って、はがれますよね。つまり皮膚はシート状になっていて、皮膚の内側の成分と相互作用することで、体の形が保たれています。細胞と、それ以外の部分をつなぐには、「糖鎖(とうさ)」が使われます。
―糖鎖とは?
糖の最小単位を「単糖」といいます。単糖が鎖のようにつながると、糖鎖になります。糖鎖は、私たちの体内や体表面にも多く存在します。糖鎖が細胞と外側をつなぎますが、ジストログリカノパシーでは、この仕組みがうまく働きません。
―なぜ、うまく働かないのですか?
遺伝子に異常があると、筋肉細胞の表面で糖鎖がうまく形成されないことがあります。そうすると筋肉細胞は、細胞外マトリックスにあるタンパク質「ラミニン」と結合することができません。
―結合させる方法は、ないのでしょうか?
「ガレクチン1」というタンパク質を加えることで、形成不全の糖鎖とラミニンを結合させることに成功しました。
―ガレクチン1とは?
ガレクチンは動物の体内にもあるタンパク質です。ガレクチン1は、哺乳類で最初に見つかったガレクチンです。
―なぜ、ガレクチンに注目したのですか?
きっかけはドイツの共同研究者からの提案でした。私たちは糖鎖の自動合成システムを開発し、いろいろなパターンの糖鎖を作っていました。これらの糖鎖と、彼らの研究するガレクチンの相互作用を調べたらどうかと提案され、多くのガレクチンを送ってもらったのです。
―糖鎖とガレクチンを調べてみて、どうでしたか?
筋ジストロフィーの原因となる不完全な糖鎖が、ガレクチン1と強く相互作用することを見つけました。ガレクチンは、ラミニンと結合しやすいことが知られています。私たちは、ガレクチン1による、不完全な糖鎖とラミニンの橋渡しを実験で再現しました。
つまり、ガレクチン1を使えば、糖鎖がうまく形成されていない筋肉細胞も、細胞外マトリックスとつなぐことができるのです。
―ガレクチン1で、筋ジストロフィーの治療ができますか?
体内でガレクチン1の濃度を高めることが、筋ジストロフィーの治療法の一つになると思います。
ところで、ガレクチン1が多いと、がんは悪化すると言われているんですよ。
―えっ?それは困りますね…。
今回の研究では、ガレクチン1と強く結合する糖鎖を見つけました。つまり、この糖鎖はガレクチン1の能力を抑えることができるとも言えます。そのため、抗がん剤に使えると考えています。
―今回の結果は、がんと筋ジストロフィー、どちらの治療にも役立つ可能性があるのですね。
ガレクチンには、タンパク質同士の橋渡しをする力があります。ガレクチンの力を利用するのも抑えるのも、使い方次第でどちらも可能だと思います。
―なるほど。ガレクチンのこれからに期待しています!
いろいろなパターンの糖鎖をガラススライド上に並べて一度に測定できるマイクロアレイシステム
(関連リンク)
北大プレスリリース:ガレクチン1が糖タンパク質間を繋ぐ仕組みを再現~筋ジストロフィーや癌治療の新たな糸口~
糖鎖について詳しくはこちら:研究者インタビュー 「糖を知りたい!甘さだけじゃない糖の魅力」 (比能教授)