プレスリリースを解説!「Well-being(幸福、健康)カギ腸内にあり」(中村公則教授)

 

中村 公則 教授

お腹の調子を整えるには、どうしたらいいのでしょうか?善玉菌を増やすといいと言うけれど、そもそも腸の中に菌がいるって、どういうこと?

腸内環境について研究しているのが、中村 公則(なかむら きみのり)教授(先端生命科学研究院)です。2023年4月12日にプレスリリース「睡眠不足が腸内細菌叢を乱すメカニズムを初めて解明~αディフェンシンによる睡眠障害の改善に期待~」を出した中村教授にインタビューしました。

 

―腸内細菌叢(そう)って、何でしょう?

私たちの腸には多くの細菌が住んでいます。この細菌の集まりを「腸内細菌叢」といいます。菌の数は、成人で約40兆。種類は約千種類、重さにして約1キログラムあります。

―ずいぶん多いですね。菌は、腸の中で生きているのですよね?

基本的に、人間の体は「免疫」といった機能で異物を排除しようとします。ウイルスや病原菌が体に入ってきたら感染しないように、やっつけます。でも腸内細菌とは戦わずに仲良く共生しているのです。

―なぜ共生しているのでしょう?

お互いにメリットがあるからです。菌にとってのメリットは、暖かく、湿った場所で、栄養を取れることです。代わりに菌は、私たちが食べたものを代謝して、体に必要な物質を作ってくれます。しかし、まだこの共生の仕組みについてはほとんどわかっていません。

腸内細菌叢が私たちの体に適した「いい状態」だと健康でいられますが、何らかの原因により「悪い状態」になると、うつ病や糖尿病などの病気になりやすくなることが分かっています。

―腸内細菌叢をいい状態にするには?

腸内細菌の種類や割合は、食べ物や生活習慣などで変わります。いい腸内細菌叢を作るために、さまざまな発酵食品や乳製品、あるいは食物繊維の摂取が効果的だと知られています。しかし、いい状態の腸内細菌叢は、人それぞれ違っていることも分かってきています。そこで私たちは、その人にとっての「いい状態」を作り出すためには、小腸で出される抗菌ペプチド「αディフェンシン」が重要だと考えています。

―αディフェンシンとは?

タンパク質の材料であるアミノ酸が30個ほどつながった、ペプチドとよばれる物質です。「抗菌」の名のとおり、腸に入って来た病原菌をやっつけることが知られています。

―共生している菌を殺してしまうことはないのですか?

腸内細菌のうち、人間にとっていい菌、すなわち善玉菌は殺しません。一方、害を及ぼす可能性がある菌は積極的に殺します。αディフェンシンに菌を選ばせれば、その人にとっていい状態の腸内細菌叢が実現すると考えられます。そのためには、αディフェンシンが一定量、出ていることが大切です。

―いい腸内細菌叢のカギは、αディフェンシンが握っているのですね。

αディフェンシンの量を調べれば、腸内細菌叢の状態や健康の評価ができます。マウスの実験では、足りない分のαディフェンシンを飲ませると、腸内細菌叢が良くなることも分かっています。病気の予防や治療にαディフェンシンが使えると期待しています。

実験室の様子。腸内細菌から抽出したDNAを増幅させるためのPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)装置が並んでいる。

―今回は、睡眠不足との関係を調べたそうですね。

医学研究院が行う北海道寿都町の健康調査において、住民35人からご提供いただいた便を用いて、αディフェンシン量、腸内細菌および菌の代謝物を解析し、睡眠との関係を調べました。その結果、睡眠時間が短い人は、αディフェンシンの分泌量が少なく、腸内細菌叢と菌代謝物が乱れていることが分かったのです。

―腸の健康にも、睡眠が大切なんですね。

睡眠不足によって腸内細菌叢が乱れることは知られてきていましたが、その仕組みは分かっていませんでした。今回の研究で、「睡眠時間―αディフェンシン分泌量―腸内細菌叢の乱れ」の関係を示すことができました。

―大学は歯学部を卒業されたそうですね。

入れ歯作りや虫歯の治療は好きだったので、いずれは歯医者になるつもりでした。

―歯医者さんが、なぜ研究者に?

ずっと暗記が苦手だったので、勉強はちっとも面白くないと思っていました。でも、卒業試験のために教科書をじっくりと読んでみたら、実は学問にはしっかりとした理屈があることに気が付きました。そこから突然に勉強が面白くなってきました。そこでもう少し勉強を続けたくて、大学院に進学しました。

学位を取得後、新任教授の研究室の立ち上げの手伝いを頼まれて、少しの間だけならと気軽な気持ちでポスドクになりました。数年後、その教授が東京の大学へ移ることになり、今度こそ歯医者に戻るいいタイミングだと思ったときに、今の研究室の前教授である綾部時芳先生から、あるご縁で「一緒に研究しないかい!」と誘われたのです。それまでの研究分野とは大きく異なっていましたが、もし楽しくなければ「やめてもいいや」くらいに思ってとりあえず始めましたが、結局、北大に来て十数年が経ってしまいました・・・。

―なぜ、腸内細菌の研究を?

大学院では、がん細胞が動くメカニズム、ポスドク時代は、がん細胞だけを狙って治療する方法を研究していました。腸内細菌の研究を始めたのは、今の研究室へ移ってからです。行く先々にあった研究テーマに興味を持って一生懸命に取り組んできた結果、ここまで来ました。

―今後、どのような研究をしていきたいですか?

生物の分類で、上位の階層を「門(もん)」といいます。地球上に存在する細菌は現在、数十門以上に分類されており、人間の腸内に住む菌の代表的な門は、そのうち5門だけです。人間は進化の過程において、どのように腸内に住まわせる菌を選んできたのか?菌はなぜ人間の腸内を住処にしたのか?その選択におけるαディフェンシンの関与を紐解くことで、人間と腸内細菌との共生する仕組みを解明できると面白いでしょうね。

腸内細菌は健康だけではなく感情にも大きく影響し、それを食や生活サイクルでコントロールできると考えています。機嫌よく健康的になれるような、すなわち誰もがwell-beingを実現できる腸内細菌のコントロール方法を開発していきたいです。

―腸内細菌のコントロール方法、知りたいです。ぜひ開発して教えてください!

 

【関連リンク】

北大プレスリリース:睡眠不足が腸内細菌叢を乱すメカニズムを初めて解明 ~αディフェンシンによる睡眠障害の改善に期待~

医学研究院 公衆衛生学教室「健康に暮らせる町づくりを目的とした生活習慣および健康状態の調査」(DOSANCO Health Study)