昨年(2023年)春、鳥インフルエンザの流行のため札幌などでは卵が手に入りにくくなりました。毎朝、食べていた卵料理が食べられないという衝撃。鳥インフルエンザが急に身近になった出来事でした。
鳥のインフルエンザ感染について研究した比能 洋教授(先端生命科学研究院)が、分析に使ったのは鳥の卵白です。2024年1月11日に出されたプレスリリース「水鳥のインフルエンザ感染では糖鎖の硫酸・リン酸修飾が重要~トリ卵白の大規模分析により、糖タンパク質の酸性糖鎖修飾パターンとの相関を解明~」について、比能教授に話を聞きました。
―糖鎖(とうさ)とは、どのようなものですか?
ブドウ糖のような単純な糖が、鎖のように長くつながったものです。糖鎖はタンパク質にも結合し、私たちの体にもたくさん存在しています。
―糖鎖はインフルエンザと関係があるのですか?
インフルエンザなどのウイルスは、生物が持つ糖鎖を目印にして感染します。例えば人間と鳥では糖鎖の構造が違っているので、感染するインフルエンザも違います。
―それで鳥インフルエンザがあるのですね。
鳥のインフルエンザ感染では、糖鎖の「硫酸化(*1)」や「リン酸化(*2)」が重要らしいと言われてきました。硫酸化やリン酸化した糖鎖の構造パターンは、鳥の種類によって異なります。そしてパターンよって感染率が変わるようなのです。
(*1)糖鎖が硫黄原子を含む構造を持つこと。
(*2)糖鎖がリン原子を含む構造を持つこと。
―なぜ鳥の卵白を調べたのですか?
人間の場合、インフルエンザは気道を中心に感染します。ところが鳥の場合は腸管に感染します。鳥の腸管と卵管はつながっており、感染は卵管にも広がることが知られています。それで卵白にも感染の目印になるような糖鎖が存在するのではと考えました。
―どのような鳥の卵白を調べましたか?
私たちの研究室には1,000種を超える鳥の卵白コレクションがあります。その中から水鳥72種の卵白を選びました。
―なぜ水鳥の卵白を選んだのですか?
水鳥は水辺で暮らしていますが、寒くなって水が凍ると暖かい場所に移動します。つまり、水鳥のほとんどは渡り鳥なのです。渡り鳥は長距離を移動するため、感染を広げる原因になっています。
―どのような実験をしましたか?
タンパク質消化酵素を使って卵白をバラバラにしてから、タンパク質に結合している糖鎖を切り出します。そこに、糖鎖だけを捕まえられる特殊なビーズを加えます。不要なタンパク質や酵素を洗い流した後で、ビーズの表面に残った糖鎖を切り出しました。
切り出した糖鎖は、質量を精密に調べることで構造を分析します。従来この方法では糖鎖にプラスの電荷を持たせて分析します。ところが、硫酸化やリン酸化した糖鎖はマイナスの電荷を持ちます。私たちはマイナス電荷を持つ糖鎖も同じように分析できる方法を開発したところだったので、硫酸化やリン酸化した糖鎖も分析できたのです。
―何が分かりましたか?
大型水鳥と小型水鳥で、糖鎖の構造パターンの違いがはっきりと出ました。さらに感染率のデータと比較すると、小型水鳥が持つリン酸化糖鎖と感染率の高さには関係があると分かりました。つまり、感染率を考える上で糖鎖のリン酸化が重要だと分かったのです。
小型水鳥のインフルエンザ感染率が高いという報告はすでにありましたし、糖鎖の硫酸化・リン酸化が重要らしいとも言われてきました。しかし実際に糖鎖の構造パターンを確認し、感染データと比較したのは世界で初めてです。
―今回の結果は、どのようなことにつながりますか?
インフルエンザは野生の水鳥と共生しています。そのため水鳥は感染しても重症化しません。しかし最近は鳥が死んでしまうような、高病原性のインフルエンザも出現しています。高病原性のインフルエンザが鶏などにうつってまん延すると、近くにいる人間にもうつりやすくなる可能性があります。
鳥で発生した新型インフルエンザが人間にうつる前に対策を取ることが重要です。今回の結果は、鳥間での感染のモニタリングや感染経路の予測に役立つと考えています。
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比能教授の研究室にある鳥の卵白コレクションは、もともと鳥の分類学のためにアメリカで1950年代から集められたものです。コレクションを譲り受けるに当たり、鳥の名前が手書きされただけのサンプルを全てデータベース化したそうです。サンプル自体に鳥インフルエンザ感染の可能性があるため、輸入許可をもらうまでの苦労もありました。今でも立ち入り制限のある部屋の冷凍庫で保管されています。
関連サイト
北大プレスリリース:水鳥のインフルエンザ感染では糖鎖の硫酸・リン酸修飾が重要~トリ卵白の大規模分析により、糖タンパク質の酸性糖鎖修飾パターンとの相関を解明~(先端生命科学研究院 教授 比能 洋)