
スマートフォンや電子デバイス、エネルギー関連技術に用いられる多くの材料は、無機化合物から構成されています。これらの材料は高い安定性や機能性を持つ一方で、その合成には高温・高エネルギーのプロセスが必要とされてきました。
野口 真司 特任助教(先端生命科学研究院 アンビシャス特別助教)は、こうした従来の材料合成の在り方を見直し、材料が合成されるときに化学反応が起こる「場所」そのものに着目することで、新しい無機材料合成の可能性を探っています。
どのような研究をしていますか?
私はもともと無機材料化学を専門とし、無機化合物の新しい合成手法[1]や構造制御に関する研究[2] [3]を行ってきました。無機化合物は炭素以外の元素を主な構成要素とする物質で、一般に高温条件下で合成されることが多く、多くのエネルギーを必要とします。学生時代から、こうした無機材料をできるだけ穏やかな条件で合成できないかという問題意識を持ち、研究を続けてきました。現在は、この無機材料化学の知識を活かしながら、生物が体内で行っている材料合成の仕組みに着目し、その環境を人工的に設計することで材料合成を行う研究に取り組んでいます。
材料の合成に、生物が関係するのですか?
私たちの体を構成する骨や歯なども、無機化合物です。生物はこれらの材料を、常温・常圧という非常に穏やかな環境で、精密に合成・制御しています。この生体内での材料合成プロセスは、低エネルギーでありながら高い機能を持つ材料の合成を実現しており、材料科学の観点から見ても非常に合理的な仕組みです。私は、生物が無機材料を合成できる、こうした「環境」そのものに注目することが重要だと考えています。
どのような方法で研究していますか?
現在所属している融合ソフトマター研究室では、高分子材料を中心とした研究が行われています。その中で私は、ハイドロゲルと呼ばれる高分子材料を無機化合物の合成に利用しています。ハイドロゲルは、高分子が網目状の構造を形成し、その内部に大量の水を含む材料で、柔らかく、生体組織に近い性質を持っています。

私はこのハイドロゲルを、単なる「生体の模倣環境」としてではなく、無機化合物が合成される化学反応の起こる「反応場」として積極的に設計するという立場で研究を進めています。ハイドロゲルの網目構造や力学特性を制御することで、その内部で合成される無機化合物の形態や機能を制御する研究に取り組んでいます。
これまでに、反応場として利用するハイドロゲルの構造を工夫することで、光触媒などに利用される酸化チタンを、高分子網目構造に沿った形でナノスケールの網目状に合成することに成功しました[4](研究室主宰者である野々山貴行准教授との共同研究)。このように、高分子材料の設計を起点として無機化合物の形態制御を行うアプローチは、従来の手法では得られなかった構造や機能を持つ無機化合物の創製につながると考えています。

(右下のスケールバーは1 cmの10万分の1に相当)
どうして研究者になろうと思ったのですか?
かつて恩師から、
「最も多くの人を救うことのできる職業は政治家か科学者だ」
という言葉をかけられたことが、研究者を志すきっかけでした。
紛争や飢餓、環境問題など、人類が直面している多くの課題は、科学や技術の力によってこそ根本的な解決策が提示できると感じています。そして、それらを社会に広く普及させ、多くの人が享受できる仕組みを整えることが重要だと考えています。研究を通じて新しい知識や技術を生み出し、それを社会に還元することには大きな可能性があります。そうした点に魅力を感じ、研究者の道を選びました。
エネルギー問題や地球温暖化など、解決が容易ではない課題も多くあります。しかし、リンダウ・ノーベル賞受賞者会議(※)に参加したとき、ノーベル賞受賞者たちの意志を知り、世界から選抜された同世代の研究者と議論する中で、彼らと一緒なら、科学技術によって課題解決に貢献できるはずと強く感じました。
将来は、科学者としての経験を活かし、科学技術を次世代に託す指導者としての役割、また国や分野を超えた協力をつなぐ役割も果たしていきたいと考えています。
(※)ドイツ・リンダウで開催される、ノーベル賞受賞者と選抜された若手研究者が参加する国際会議。

右から二番目 野口真司特任助教・三番目 Steven Chu 博士(1997年ノーベル物理学賞)
今後はどのように研究を進めていきたいですか?
骨が力による刺激が加わると丈夫になる仕組みに着想を得て、高分子材料に機械的刺激を加えることで、高分子材料中で無機化合物を合成・成長させる研究に取り組んでいます。
現在も困難の連続です。しかし、誰も着想していない視点から、自分にしかできないアプローチで高分子材料を設計し、その内部で起こる無機化合物の合成反応を制御することで、達成できると考えています。
この研究が実現すれば、骨などの治療への応用が期待されます。さらに、今後人類が宇宙に進出した際に、宇宙空間のような無重力環境で骨が弱くなる現象に対しても、新たな解決策を提示できる可能性があります。
見ていてください。