アルツハイマー病は、認知症の原因となる病気の一つです。現在は根本的な治療法がありませんが、もっと早く見つけられれば予防や治療の可能性があるといいます。
アルツハイマー病の早期診断を研究しているのが、湯山 耕平(ゆやま こうへい)特任准教授(先端生命科学研究院)です。2022年10月3日にプレスリリース「少量の血液からアミロイドβ結合エクソソームを検出する技術を開発」を発表した湯山特任准教授に、詳しく話を聞きました。
アルツハイマー病になると、体の中では何が起きるんですか?
脳の中に「アミロイドβ(ベータ)」というタンパク質が蓄積する現象が見られます。
アミロイドβは神経細胞で作られて、細胞外に放出されるタンパク質です。これが脳の中に溜まると、脳の神経細胞に障害を与えます。神経細胞が死んでしまうと、脳が萎縮して、記憶や認知の障害が起こります。
アルツハイマー病と診断されるのは、認知障害が起きてからなので、分かった時には病気が既に進行していることになります。
進行する前に、病気が分かるといいのですが。
そのためには、脳内にアミロイドβが蓄積しているかどうかを知る必要があります。ところが、現在実用化されている検査は、人体に負担がかかったり、大掛かりな設備や高価な試薬が必要だったりします。もっと検査を簡便化するために、私たちは「エクソソーム」という物質に注目しました。
エクソソームとは?
細胞の中で産出されて、細胞の外に放出される物質で、直径は100ナノメートル(1万分の1ミリメートル)くらいです。細胞の中で特定のタンパク質、脂質、RNAなどを包み込んで分泌されるので、細胞と細胞の間で分子のやり取りをする働きがあります。
脳の中では、どのような働きをしているんですか?
脳の神経細胞からは、エクソソームも、アルツハイマー病の原因となるアミロイドβも、別々に分泌されます。神経細胞から出るエクソソームには、アミロイドβが結合しやすいという性質があります。そのため、細胞の外でエクソソームはアミロイドβを次々と結合していきます。
脳の中には、不要な物質を取り込んで分解する「ミクログリア」という細胞もあります。エクソソームはミクログリアに取り込まれやすいので、アミロイドβを結合したままミクログリアに取り込まれます。そこでアミロイドβが分解されて、除去される仕組になっています。
除去されないアミロイドβもあるんですか?
エクソソームが減るなどして、除去の仕組みが正常に働かなくなると、アミロイドβを結合したままエクソソームが取り残されてしまいます。
どれくらい残されているかを調べたいですね。
脳の中のエクソソームは、血液に漏れ出ることが分かっています。そこで、血液からエクソソームを検出するために、新しいデジタル測定系(idICA)を開発しました。
どのような測定方法ですか?
検出用チップの上に、微小なウェル(凹部)を約100万個並べました。ウェルは10マイクロメートル(100分の1ミリメートル)よりも小さいです。こうすると、一つのウェルに一つずつエクソソームを入れることができます。エクソソームの入ったセルを光らせて、蛍光顕微鏡でカウントすれば、エクソソームの量を測定できます。
この方法で、アルツハイマー病モデルマウス(加齢に従ってヒト型のアミロイドβが脳内で蓄積するマウス)の血液を測定しました。
測定結果はどうなりましたか?
血液中のアミロイドβ結合エクソソームは、モデルマウスの月齢が進むにしたがって増加しました。つまり、血液を調べることで、脳内のアミロイドβ蓄積状態も分かると考えられます。
人間にも応用できますか?
ヒトでも同じ方法が使えるかどうか、研究を続けています。このように検出法が簡便になれば、健康診断でアルツハイマー病の予兆が分かり、障害が出る前に予防できるようになるかも知れません。
エクソソーム、なかなか使えますね。そんなエクソソーム研究のおもしろいところは?
研究を始めた頃はエクソソームは見向きもされず、「細胞から出るゴミじゃない?」と言われることもありました。しかし、微小なゴミのようなものでも、生体をコントロールする機能があります。そこが非常におもしろくて研究しています。
脳に注目しているのは、なぜですか?
脳の神経細胞は分裂ができないため、私たちは一生同じ細胞を使わなければなりません。そのため、細胞の機能を保つメカニズムが備わっており、その精巧さに惹かれて研究を続けています。特に、脳の中で不要になったものをどのように除去するのか、細胞の「掃除」とも言える仕組みに興味があります。エクソソームは、細胞の中だけでなく、細胞の外も掃除しているので、それもおもしろいところですね。
エクソソームは脳の掃除屋さんだったようです。掃除屋さんの力を借りて、アルツハイマー病をいち早く見つけて、予防や治療ができるようになるといいですね。